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内定者インタビュー
内定者インタビュー

覚えられる大切さ

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瀬戸口 竜 Setoguchi Ryo
大学
京都大学
内定先
株式会社リブセンス
プロフィール
Goodfindでインターン


成長できる環境を求めて

瀬戸口くんはいつから就職活動を始めたのですか?

2回生の12月頃からです。そこから約1年の活動期間です。

きっかけは2回生時に受けた講義でした。「日本の企業のシステム」という名前の講義だったのですが、教授がマッキンゼーという世界で最も有名な外資系コンサルティングファーム出身かつ講義内容も企業の経営戦略に紐づいたもので、当時漠然と法曹の道を考えていた自分にとってなぜか妙に知的好奇心をくすぐられたことを覚えています。この授業をきっかけにコンサルタントという職業に興味を抱くようになり、以後16卒向けの就活イベントに参加してコンサルタントの人に直接お会いしたり自分で本を買ったりして手探りで情報収集を始めました。

そうした中、ある時偶然参加した就活セミナーにて非常に面白いインターンを見つけ2回生ながら参加させていただいたことがあります。その会社は一般的にはあまり認知されていないのですが、社員数十名の小規模な会社ながら世界中のカジノで使用されているトランプのシェアをほとんど獲得しているという超精鋭集団で、社員の方の経歴もマッキンゼーやBCG出身などバラエティに富んでおりレベルの高さに驚愕した記憶があります。僅か3日間のインターンシップだったのですが、社会で求められるレベルと自分の能力とのギャップを痛感したと同時に、就活を通じて自分も成長したいという思いがより一層強くなっていきました。

では、就活を通じて瀬戸口くんが会社を選ぶ軸としていた要素は何でしたか?

僕が主に意識していたのは2点あります。1つは組織に依存せずとも自らキャリアを開拓できるだけのいわゆる「戦闘力」がつくか否かです。そしてもう一つは俗に「ワンフロア経営」と言われたりするのですが、社長含めた役員陣が眼前にいる環境で働けるか否かです。

まず1点目に関してですが、前提として僕は過度に肥大化した組織においては個人は必ずや思考停止の状態に陥ると思っています。例えば大学の部活やサークルでも人数が少ない間は1人でも辞めると割とニュースになったりしますが、規模が大きくなるにつれて1人2人辞めたところでどうとも思わなくなったり、あるいは辞めないにしてもほぼ団体活動にコミットしないようないわゆる「幽霊部員」と呼ばれる人が生じるようになったりしますよね。あれに近い感覚です。「介在価値」とよく言ったりするのですが、僕はそもそも自分でしか発揮できないバリューが与えられ得ない環境、即ち膨大な人的資本を抱え、誰でもマニュアルさえあれば大体こなせてしまうタスクの集合体によってビジネスが成立してしまう会社(いわゆる大企業)で働くことは自らの成長を阻害するという上でノイズにしかならないと思っています。個としての戦闘力に言及している意味はまさにそこにあって、自分でしか発揮できないバリューをより広げていくことで会社の倒産を決して憂鬱に思うことなくどこに行っても通用する人材になることができるはずなんです。

2点目に関してですが、そもそも自分の働いている会社の社長がどんな人であるかすら知らない、という状況にどうも僕は違和感があるんですよね。日本の伝統的大企業(銀行・商社)ではよくある話ですが、不祥事を起こして社長がテレビに映ったときに初めてどんな人かを知る、みたいな(笑)。

直感による最終決断

どういう思いで今の内定先に決められたのですか?

もう率直に理屈抜きで居心地良く感じたからですね。このように言うとどこか適当な動機で内定承諾したように聞こえて何のアドバイスにもなっていないように思われるかもしれませんが、もちろんそこに至るまでに様々な要素を比較検討しました。けれども僕は最終的には直感で内定承諾してしまってもいいと思っています。というのも、人って自らの人生にとってクリティカルな決断であればあるほど直観に依拠せざるを得なくなる生き物であって、ファクト&ロジックのみによって100%納得のいく決断を下すことは到底不可能だからです。

身近な例でいうと、結婚したいくらい心惹かれる異性がいるとして、その人には何かしら外見的・性格的な欠点があったとしても一度好きになればそんなの関係なくなってくるじゃないですか(笑)。欠点は確かにあるし周りの友達にも「何でそんな人選んだの?」と聞かれるけどもうとにかく好き、みたいな。就活に置き換えて考えると、ありのままの自分の本性をさらけ出した上で最も心地良くいられることが就職後も自分のパフォーマンスを最大化するための必要条件なので、この点を重要視するようにしていました。なので実際の選考会でもリクルートスーツの着用を求められたり自ら姿勢を取り繕ったりすることは本当に嫌で仕方なかったですね(笑)。特に僕みたいに僕は自己主張が強く自他共に認めるほど尖っている人間ならばなおさらです。

講師を通して気づいた矛盾

学生時代はどのような事に注力されてましたか?

学習塾の講師に約3年間従事していました。学年は中学生から高校生まで幅広く担当しており、主に文系科目を受け持っていました。

昔から人に何かを教えることは自分の天職だと思っていて、実際小学生の時はずっと教師になることを夢見ていました。中学生の時も学校の成績がずば抜けていたこともあって友達に勉強を教えることも多かったのですが、どうも瀬戸口が教えてくれるほうが授業で教わるより分かりやすいと教師に直接言った友達も当時いたそうで、教師から敬遠されていた記憶すらあります(笑)。実際には後から聞いた話なんですけどね。

そこまで適性のある塾講師を大学卒業時まで続けることなく約3年で辞めたのはなぜですか?

自分が受験教育というドメインに属していること自体に猛烈な違和感を覚えたからです。

僕自身、昔から勉強で苦労した経験は強いて言うならば大学受験くらいのもので、それ以外では決してなく学校での勉強内容は理解できて当たり前と思っていました。また、様々な意見があるにせよ世の中は学歴至上主義をとっていて学歴に応じて他者からの評価も変わるが故に一流と呼ばれる学校に通うことが自らの市場価値を高めるための必要条件だと考えていました。

しかし、就活を通じて学歴に関係なく超優秀な学生や社会人を目の当たりにしていく内に自分の視野の狭さを思い知り、偏差値だけでは測ることのできない優秀さがあることに気が付きました。そうした中でいざ自分が勤めている学習塾を振り返ってみると、当時の自分よりも遥かに真摯に学習に取り組んでいるにも関わらず、成績が上がらないという一点のみで全く評価されず、ますます憂鬱な表情に陥っていくという状態を改めて目の当たりにして猛烈な違和感を覚えました。もちろん、勉強しなければならない状況は家庭状況などを含め本人だけではどうにもできない何かしらの外部要因によって発生しているのかもしれませんが、そうであってもおそらく彼らの発揮すべきバリューは決して高い偏差値ではなく、もっと別のところにあるはずだと思ったんですよね。

ではこうした事象の原因は何だろうか、と考えた時に(将来の僕のビジョンにもつながるのですが)、やはり義務教育の存在だと確信しました。あとはそこから生まれる偏差値至上主義の存在が大きいのではないかな、と思いました。今の社会って年功序列とか偏差値至上主義だとか言って、何かと人を縦の尺度で見る習慣が蔓延しています。そして、画一的な指標の下で繰り広げられる競争に敗れた者は自動的に「できない人間」というレッテルが貼られてしまいます。けれども、さっき言った話と関連して、個人が持つ多種多様なバリューがもっと社会で正当に評価されてもいいのではないか、と思っていますし、そういう社会であってほしいと願っています。

あ、これ実は今の長期インターン先の理念にも直結してるんですよ(笑)。

なるほど…では就活全体を通して瀬戸口くんが意識していたことはなんですか?

とにかく「行動ファースト」に徹することです。

就活の際には自らの適性を探るために過去の自分を振り返ること、即ち「自己分析」が重要だとか言われたりするじゃないですか。けれども、僕にとってはほぼ無意味だと思っています。というのも、人間は自分が思ってもいなかった要素にモチベーションを感じたりする生き物だったりする以上、自分という存在を正確に把握することはまずもって不可能です。また、そもそも人間って日々新たな学びや気づきを経て成長するものです。時には友達や知り合いに「○○君ってこうだよね~」なんて予想外のことを言われたりして、ああ自分ってそんな人だったのかと思ったりする訳です。自己分析が仮に出来たとしてもそれは結局ほんの一時の自分に関するものでしかないはずです。

「人生は自分探しではなく、自分創りだ」なんて言葉があったりしますが、まさにその通りだと僕は思っています。机上でいくら自己分析をしてもどこか気持ち悪さが残るのはある種当然のことで、そんな時間があったら各種説明会やセミナーなどを通じてとにかく動きまわって情報をもぎ取っていく姿勢が大事です。

これに付随して、キャリアパスを厳密に考えつくすことも僕は不可能だと思っています。社会にまだ出ていない学生が不確定情報をつなぎ合わせてキャリアパスを練ったところであくまで仮説レベルに留まり、違和感が残るのは当然のことです。だったら実際に社会に出て走り続けながら考える方が生産的かつ気持ちいいじゃないですか。

最終的に進路を決めるのも仮説ベースでなくもう直感で決めてしまってもいいと思っています。ファクト&ロジックを積み重ねた仮説の下でキャリアを選択すると、いざ社会人になって想定外の事態に陥った場合「ああ、俺の考えていたことはこんなんじゃなかった」といった感じで嘘をつけるじゃないですか。けれども、情報を十分獲得した後ならばノーロジックであっても本当に「良い」と心から思える会社に入るともし想定外の事態が起こってもぶっちゃけ諦めがつくじゃないですか。まあ好きでこの会社選んだのだから仕方ないかなーって。なのであれこれ言う前に直接自ら経験した感情に基づいて選んだ選択肢は少なくとも嘘偽りのない率直なものであるがゆえに会社を選ぶ軸としては恰好のものとなるはずです。

「型」からの脱却

就活全体では辛さとか悩みはどのようなものがありましたか?

就活を始めた当初、インターンに全然受からない時期があったのですが、その時が一番辛かったですね。正直、動き出し自体は早期就活生の中でも大分早いほうであったので、インプット量や場数では周囲に負けない自信がありました。今思えば、単なる慢心以外の何物でもなかったのですが(笑)。あと、今から考えると本当に失礼だったと反省しているのですが、正直ベンチャー企業のインターンは外資コンサルを受ける上での肩慣らし程度にしか思っていなかったです。

ところがいざ選考が解禁されると全然結果が出ない時期が続きました。他の参加者に比べロジカルかつ内容のあることを話したと思っていた僕にとってこれはある種の衝撃でした。

選考の敗因として当時考えていたのは、自らに特筆すべき実績が無かったことが挙げられます。周囲の学生が100人単位の団体の幹部としての活動や部活動での全国レベルでの入賞経験などを持ち出す中で、約3年間ひたすら塾講師にのみ従事してきた自分がどうやってバリューを発揮すればいいのかということには本当に頭を悩ませました。

ところがある日気付けたことがありました。これまでの自分は体面を気にして企業に対し「合格させてもらう」だけの姿勢となっていて、そんな状態では自分の本当のバリューが発揮できるはずもなく、そして仮にもし受かったとしてもそれは本当の自分を受け入れてくれた訳ではないので入社以後苦労する可能性が高い。つまり、選考では変に媚びへつらうことなく本当の自分をありのままに表現すればいいのではないかということです。ある意味就活の「型にはまっていた」自分から抜け出してやろうと。そう思いました。

そして実際に、今まで自分が熱い思いを持って続けてきた塾講師での経験をエモーショナルな部分を含めて語り始めました。今まで話すのを躊躇っていた部分を含めてありのまま話すことで本当の自分が伝わり、そうした考えに共感していただいた企業から次第にオファーをもらうようになりました。今考えれば、そうやって臨んだ面接の結果ベンチャーという進路がおのずと形成されてきたように感じました。コンサルの道をやめてベンチャーへとコンバージョンしたのもちょうどこの時期です。

ちなみに、どういう話し方をすれば面接官に受けが良いのかといったノウハウに関しては正直説明できないですね。もはや職人の域っていうか(笑)

これは「動く」ことを貫いてきたからこその結果ですか?

そうですね。後は今では長期インターンとして携わっているGoodfindとの出会いが大きかったと思います。様々なチェンジプロセスをそこでは経験させてもらいました。

冒頭で申し上げたことにも直結するのですが、僕しかできないことをやる必要性の気付きです。京都大学法学部って卒業後大企業や公務員に就職する人が多いのですが、そういった人生ってもう既に過去の多くの人たちが通ってきたいわゆる典型的な「エリート街道」でしかないんですよね。確かに周囲からは優秀と言われてもてはやされるかもしれませんが、逆に考えるとそのレベルで終わってしまう気がしています。せいぜい合コンのネタになるくらいじゃないですかね(笑)。人生が2度あるならそういった人生も悪くはないですが、一度きりの人生なのでやっぱり自分の介在価値を最大化し世の中に自分が生きた意義を深く刻みたいわけじゃないですか。そのためには周囲と同じ進路を辿ってはダメだなと思ったわけです。

今の自分は「優秀な人材」より「面白い人材」になりたいですね。就活を通じて優秀な人は学生・社会人ともに数え切れない程会ってきましたが、心の底から面白いと思える人に出会ったことはあまりないんですよね。京大も一般的には奇人・変人の集まりとか言われたりしていますが、実際にはどこの企業に合格させてもらうか、みたいなある種小市民的な自分でしか発揮できないバリューを持っている面白い人材になるための一歩としてリブセンスに決めた面もあります。おそらく人生の中で30歳の社長がいる東証一部企業に行くチャンスってもうないと思っているので。京大からリブセンスって普通に考えて面白いじゃないですか(笑)。僕にとってはそう思ってもらえると本望なのです。

こうした思いを将来に向けた場合の僕のビジョンとしては義務教育制度自体を無くしたい、というものがあります。具体的な手掛かりはまだ掴めていませんが、偏差値という画一的な指標により個を評価し、面白みのないただの「優秀な人材」を量産する国の教育システム自体にメスを入れていきたいと考えています。また、僕の存在や行動によって、他者にマインド変革をもたらせられる人物になりたいな、という強い想いもありますし、それは国家レベルで教育を変えるための必要条件だと思っています。

「存在」の価値

ありがとうございます!では、最後になりましたが後輩たちにメッセージをお願いいたします!

行動ファーストを徹底することが重要であることは先述した通りですが、良くも悪くも「存在を覚えられる人」になってください。

就活における各種選考会やセミナーなどに参加した際、企業の人事は全ての学生を思えているように見えて実はほとんど覚えていないことが事実だそうです。僕も今の職業柄様々な学生に会いますが印象に残っている学生はむしろ少数派です。存在を覚えられない以上はジャッジメントの対象には決してなり得ず、説明会に参加した意味がありません。

存在を覚えられるためにおすすめの方法としては「自己紹介を面白くする」ことと「とにかくたくさん質問する」ことが挙げられます。特に後者に関していうと、質問はそのままコンテンツに対する理解度及び知的好奇心に直結するので怠ることはご法度です。

自ら積極的に情報を取りに行く姿勢は企業側から見ても印象に残りやすく採用の対象となる可能性も高まるとのことです。企業に「選んでいただく」就活ではなく自ら企業を「選びに行く」というある種挑戦的な姿勢で就活するときっとすごく楽しい就活になるのではないかと思います。

(文・写真 今矢敦士)

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